医療と人体2007.8)

医療の専門化 全体を詳細に知る人はいない 共同検討会を持って原因究明 専門部分だけを見て病気を判断 「脳の断面」は見えても「人の考え」は見えない

 

 医療技術の進歩に伴って、医療分野の専門化が進んでいる。 例えば、内科を取って見ても、かつては内科が一つの分野であったが、今では、消化器、循環器、呼吸器、血液、など、専門別に分化している。 そのため、専門分野で育った若い医師の中には、体の健康全体が見え難くなっている人もいるようだ。

 

一般に技術分野における複雑なシステムでは、先ず全体を観てから個々を観る。 例えば人工衛星を打ち上げるロケット発射設備は複雑なシステムであり、その全体の隅から隅までを詳細に知っている人は存在しない。 ある専門家はロケットシステム全体の概要は良く知っているが個々の詳細は知らない。 別の専門家はロケットの燃焼装置のことは詳しく知っているが、その他の装置やシステム全体のことは詳しく知らない。 また別の専門家は、ロケット打上げ用地上設備のことは良く知っているが、ロケット本体のことは詳しく知らない。

 

何かトラブルが起きた時は必ず、システム全体の専門家と直接トラブルが起きた装置の専門家が共同の検討会を持って原因を究明する。 必要に応じて、別の装置の専門家も検討に参加する。 決して特定の装置の専門家だけで原因を特定し、且つ、再発防止の最適案を出すことはない。

 

人間の体(これも一つのシステム)は、ロケット以上に複雑で高度である。 今の医者は自分の専門(得意)部分だけを見て病気を判断している場合が多い。 更に、健康には肉体と共に精神が大きな役割を果たすだけに、一層やっかいである。 検査技術が進歩した結果、高度なCTやMRIを使えば、心臓や脳の断面まではっきりと映像化させることが可能になった。 しかし、「心臓の形」は見えても「人の心」は見えない。 「脳の断面」は見えても「人の考え」は見えない。 人の健康や病気は、「心」や「考え」に大きく左右されていることを思えば、何とも難しい課題である。

 

健全な精神は健全な肉体に宿ると言う。 逆に、健全な肉体は健全な精神に依存していると思われる。 その意味で、しっかりとした自立心を持った精神を育むことが何よりも大切である。